桜一枝・・・2008 / 04 / 10 ( Thu )
小田急線の鶴間で降りて病院までの道程は
子供の足では30分は掛かったと思う。 学校から帰ると鞄を置くより早く「行ってきま〜す」 と嫌な顔一つ見せずに病院に行く息子だった。 季節の変わり目で家を出たときは良いお天気も いつの間にか雨が降り出し見る見るうちに本降りに なってきた。 病院に無事に着いたか気が揉めたが術後の身体では 身動きが出来ず只心配をするだけで。 ざっと来てさっと上がった雨だったが夕方帰った息子に 「雨に降られたでしょう」と聞くと「降られなかったよ。」と 一言。 後で聞いた話しでは、ずぶ濡れになって父親の元に辿り着いたそうだ。 看護婦さん達が大急ぎで着替えさせてタオルに刳るんで着ていた物を 乾燥室で乾かして着せて返してくれた事を聞いて涙がでた。 言葉を失った父親を良く見舞ったある日の息子の姿です。 手には一輪の八重桜が握りしめられて父親の顔の上で春が来たことを 楽しそうに話していたとか・・・ あの時小学5年生の息子がこの夏で四十路に這入る月日は休むことなく 流れている、桜の季節に思い出す幼い日の我が子の姿。 「桜花一枝手折り手土産に父見舞いたる吾子も四十路か」 「我が身をば労う言葉嬉しくて四十路の人を労り返す」 |
秋の日2007 / 09 / 22 ( Sat )
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子育て奮戦記2007 / 05 / 26 ( Sat )
![]() 私の今の病気が未だハッキリと診断されないために重体の妊娠中毒症の 母から生まれた娘は低体重児として生まれてきたのでした。 2140gと言う小ささでしたから保育器の中に二人の赤ちゃんが 這入れる大きさです。 お陰様で無事に育ってくれまして心配しておりました目の障害もなく 大きくなってくれました。 2歳の時に東京オリンピックが有り、朝から晩までTVで放送されて おりましたから。 彼女の気分はすっかりオリンピック選手気取りで危なくて目が離せ ませんでした。 玄関の敷居は平均台に早変わりです、危ない足捌きで歩き始められ ますとお台所から慌てて飛んでいった物です。 ある時水泳の競技が始まって間もなくの事です。 気分は水泳の選手に成りきっていたのでしょう・・・テーブルの上から 飛び降りてしまいまして。 あっと言う間に側に有りました大きなボールに載って玄関の三和土に 落ちていったのです。 私は、足がすくんで動くことが出来ませんでした。 玄関の三和土には大きな踏み石が置いてありまして、広い玄関でした から毬に乗った娘は毬の弾みで玄関を出て行ったのでした。 寿命が縮むとはこう言う事を言うのだと思います。 お陰様で何事もなく無事に我が胸に抱きしめることが出来ましたが。 子供とは、時には飛んでもない事をやって呉れるものです。 こんな想いで育てた娘も今では二児の母親を遣っております。 あの頃は可愛い赤ちゃんだったのですが・・・ 私のオリンピックがある度に思い出す子育て奮戦記です。 「子育ても 思い返せば 泣き笑い 親の気持ちを 知るや知らずや」 |
頑張る2007 / 05 / 16 ( Wed )
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後家の僻み2007 / 05 / 14 ( Mon )
![]() 水は高いところから低いところに向かって流れる。 強い人は弱い人に強くなるが自分より強い人には向かって 行かないのが世の常で。 今更言って見たところでどうなる物でも無いことだが幾ら此方が 礼を尽くしても判らない人には判らない物なのだ。 女が一人で生きて行くことがどれだけ大変なことで有るか。 子供の可愛さは誰でも同じで増して嫁に出した子の末を案じない親が 何処の世界に居るだろうか。 失礼の無いように贈り届けた物が「気に入りませんので」の一言で 帰され来た時はこの身が不憫で泣き通した。 ある時こんな事も有った。 病気見舞いのお返しが気に入らないらしく電話が有って。 「私は風呂敷は使いませんから」と。 一枚持っていてバックに偲ばせておけば便利な物だと思って考えた 末の事だけに。 一時が万事こんな具合にやられている。 母が生きていた頃は「腹を立てても仕方が有るまいまさか臍では歩けまい」と言われ出来た我慢が出来なくなって先日爆発した。 それでストレスが溜まり今度の風邪を引いたのだと思う・・・ 貴方がお元気でいて呉れたならこんなに馬鹿にされないで済むものを 男の人は生きて居てくれるだけで物の役に立っていると思うのは私の ひがみだろうか。 今は自分が病む身で居りますが・強い人はどんな環境でも強い! |






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