母の日

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あの夜母は寝たのだろうか。

学校から帰ると直ぐに編み始めた手袋は

夜遅くにヤッと片方が出来上がっただけだった。

後は編んで置いて上げるからと母が・・・

朝・枕元にあった不揃いの手袋を私は大人になるまで

大切にはめることが出来ないでいた。

赤ちゃんの手袋に変身させて母を喜ばせた手袋を

今も娘が大切に持っている。

フト思い出した母の日の朝です。

母さん有難う!!元気でいます^^

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嘘と坊主

明治生まれの母は臨機応変の効く人だったと思う。
明るくて面白い人でした。

口癖の一つに「わたしゃぁね・嘘と坊主の頭は結った事はないよ」
でした。
私に言わせればこれがそもそも嘘でした。
子供の時は騙せても、少し大人になってくると此方も気が付きます。
そんな時の母は「嘘も方便」で逃げ切ります。
こんな大人の世界を見せてくれたのも大人になってから頷けました。

何かと矛盾している世界が大人の世界です。
今は、春休みに入って孫達が遊びに来ますと日々矛盾との戦いの世界に生きている様子が良く解ります。

「勉強しなさいと言う割りにはあれもこれも用事を頼んでいるママは何を考えているの」と一頻りこぼして帰ります。
今の子供達は、家庭のお手伝いは苦手のようです。
私は朝晩の自分の仕事が有りましたから、家の用事は当たり前と思っておりましたが、今は違うようです。

この物が豊かな時代家庭生活も大きく変わって主婦の仕事が、楽に成った分だけ大変そうです。
主婦が「専業主婦」で居られなくなったからです。
そのしわ寄せが、子供に来ているのでしょう。
勉強は塾でお稽古事は増えるばかりで子供も大変です。

母の口癖も今は通用致しません「スキンヘット」の時代が来て、おしゃれとして認められているのですから。
私が無事に大人に慣れたのも早くから世の中の「矛盾」を母が気ずかせてくれたお陰だと思って感謝しています。

何時の時代でも子供は大人に早くなりたいと背伸びして生きているのは同じなのですね。
私も早く大人に成ってみたい時期がありましたから「嘘と坊主に」騙されて。

「騙せても子供の目には見えている大人の世界裏と表が」


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雛の想い出

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あの日母がどれだけ悲しい思いで田舎へ帰って行ったかと
思うと今でも胸が痛みます。

初孫である娘にお雛様をお祝いしたくて上京して来たのに
それも適うことが出きずに。

なにがしかのお金を私に渡して帰って行ったのでした。

主人の両親がお雛様を買うことを許してくれなかったからです。

いずれ無駄になるから要らないと言って買うことは許されませんでした。

娘は私の手作りのお雛様で初節句をお祝いをしたのでした。

長い年月が経って母が年老いて私と生活を共にするようになった
お正月のある日のこと。

デパートに出掛け売り場を彼方此方楽しんでおりますと。

母が急にあれを貴女に買って上げるねと言って買って呉れたのが
このお雛様です。

赤い小さなお座布団にお座りしたお雛様を買ったとき母の顔が何となく
ホットしたような優しい顔に見えたことを忘れられません。

泥焼きの鈴のお雛様です。

戦争でお雛様と別れ別れになった私に新しいお雛様が出来た日でした。

あれから十数年の月日が流れ今こうしてお台所に飾ってみますと。

優しいお顔が亡き母を思い出させてくれます。

亡き母の形見のお雛様と今年も春を迎えることが出来ることは何と幸せな事でしょうか・・・






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節分と立春

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朝早くから父が大きな焙烙を此も大きな養蚕火鉢に沢山の炭を
熾して良く選った大豆を炒り始めます。

丁寧に飽きることなくかき混ぜながら・・・家中が豆の香ばしい
薫りでむせるようになりますと。

煎れた大豆は神棚に一升升に入れられて飾られます。

これからが父の大変な仕事の始まりなのですが。

この時期を旧正月としてお祝いをしお正月気分から抜け出し野良仕事が
始まるけじめの日だからです。

麦踏み・さく切り・草むしりと二毛作地帯は休む暇がないのでした。

その前祝いと厄除けを兼ねて節分行事は大切に各家で行われておりました。




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昔の年寄り

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何気なく点けたTVに島田 洋七さんが出ていてご自分の幼い頃の
お話しをしていました。

面白いお婆ちゃんに育てられて今の自分が有ることをおもしろ可笑
しく話している姿に辛い幼少時代を送った面影は微塵もなく子供は
育つ環境によって強く逞しく成長し今もあの時代にお婆ちゃんから
聞いた話しが役に立っているとのこと。

今度映画になるそうです。
お婆ちゃんは吉池 和子さんが演じられるそうで申し訳ないと話して
おりました。

今日本屋さんで本を探して読んでみました。
同じ時代に同じ様な環境で育ったことを懐かしく思い起こしながら
読ませて頂きました。

明治の人の逞しい生活力が果たして自分に有るだろうかと物が豊か
になった現在にドップリ浸かりきって生きているので自信が有りま
せん。

私の母も貧しい環境で育ったせいか生活力が旺盛な人でした。

どんなに貧しくとも身繕いだけはキチンとしていなさいが口癖の
人でした。

働き男に始末女と言ってケチと始末の違いを事ある事に話して聞か
せて呉れました

明治生まれの人はどんな環境に有っても人を羨むことが無く自分の
生まれた環境の中で明るく前向きに生きられたのは貧富の差がハッキリしていたからではないでしょうか。

貧しさに誇りを持って生きていたような気が致します。
果たして次の世代に何を残して身の始末が出来るでしょうか。
考え倦ねております。
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