私と難病その22005 / 01 / 31 ( Mon )
人の顔を見るなり、O先生は「長生きできないかもなぁ〜」
と言われた。「これだけ切ってあるとね」すかさず私もやり返す 「誰が切ったのですか」と、負けていないのですが(笑) 何か嫌なことが有ったのかしらと思えば、案の定ありました。 採血をした患者さんの腕が内出血してご主人様が怒って 来たそうです。それでイライラしてたんですね。開業医は 大変だそうです。 先生と患者なのですが、気心が知れてくるとこんなものです。 医者の愚痴が聞けるようになって患者は一人前だそうですが、 大学病院を辞められて開業する時に、先輩の先生から私を引き 継いで下さったのがO先生なのです。 私の住む町には心臓血管外科の先生が居なかった為に、隣の県迄通って おりましたから、冬場の風邪の季節は風邪を引かないように気を付けるのが 大変でした。普通の開業医の「内科」の先生は傷を見ただけで風邪薬を出し てくださいませんから、熱の出たときは車で1時間の通院は辛いものがあり ましたので、O先生の地元での開業はとても心強かったのです。 診察券には、ご自宅の電話番号が書いてあります。 私達のようなトラブルメーカさんだけみたいですが、こんな些細な心使いが 安心して日常生活を送る助けになっております。ある時先生が私の家が どの辺か散歩がてらに探しておいて下さった事は感謝でした。いざと言う時に 飛んで行けるからねと。言われたときはここまで共に歩いて下さる方が いるなんて患者冥利に尽きると思い涙がでした。 とても優しい良い先生で我が家の家庭医を気持ちよく引き受けて下さっています。 「医者を選ぶも寿命のうち」と良く言われますが本当に実感しております。 先輩の先生からの紹介状は、ごく簡単なものだったのは、手術の時にプロジェクト の一人だったのだそうですから、私は大病はしておりますが恵まれている事に 感謝して、一日一日を大切に生きていこうと思っております。 「病えて恵まれている環境に感謝している日々の生活」 [ 更新日時:2005/01/31 13:35 ] |
私の難病こんな病気です「私と難病」2005 / 01 / 22 ( Sat )
私の病気について、改めて書くこともないのですが、こんな病気です。
「難病センターより抜粋」 高安動脈炎は大動脈やそこから分かれている大きな血管に炎症が生じ、血管が狭窄したり閉塞したりして、脳、心臓、腎臓といった重要な臓器に傷害を与えたり、手足が疲れやすくなったりする原因不明の血管炎です。炎症が生じた血管の部位によって様々な症状がでます。本邦の高安右人教授が1908年に初めて報告しましたので高安動脈炎と呼ばれています。 私が、生まれる29年前には、発見されていた病気のはずなのですが、大東亜戦争後の「第2次世界大戦」の為か、私が発病したときは、「結核」と間違えられまして(これはあくまで、そう思えばあの時に、こんな症状が、出たと言う許にですが)当時ヤット出回ってきました「ストレプトマイシン」を注射していた記憶があります。 主治医の先生のお話に寄りますと「高安先生」は眼科の先生だそうです。 17歳の春に微熱が長いこと続きました。身体がだるく軽い目眩に襲われまして、病院に行きました所、レントゲンを撮りましても、何の異常も見つからず、「血沈」が240mmも下がつておりましたので、結核の診断がおりたらしいです。咳が出るくらいでしたから、安静にしてひたすら読書三昧の日を送っておりました。 学校は休学しておりましたから、気持ちの焦りは有りましたが、秋には、復学できまして、その後なんの症状も出ずに、20歳の成人式は、元気に迎えることが出来ました。学校を終えて就職もして、楽しい青春時代を過ごし優しい主人との出会いの末に、 結婚を致しました。 この間に、病状は徐々に進行していたようですが、傍目には何ら変わった様子もなく、普通の生活を送っておりました。根が丈夫だったのが幸いしたのかもしれません(*^_^*) 「無知なのが幸いすると後に思う我が患いの珍しきゆへ」 [ 更新日時:2005/01/22 09:30 ] |
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