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ひなたぼっこの縁側日記

日々のことをつれづれなるままに書いて行きたいと思います。
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言葉を失った辛さ



手術室から戻ってきた主人は真っ青でした。冷たくなった身体は微かに震えておりました。抱きしめて暖めて上げたい衝動に駆られたとしても不思議ではない感情でした。

局部麻酔で行われたらしくどんなに不安だったかと思うだけで怒りがこみ上げてきました。声を出せない人に対する優しさなんて持ち合わせていないのでしょうか・・

その頃の脳外科は、開頭手術が始まって間もない頃だったようです。倒れた人のニュースが開業医から這入りますと病院の車で、患者を迎えに行く話をしながら処置をしている無神経さには腹が立ちました。

医療と言うよりは、まるで実験をしていると思われても仕方がないと思います。この脳外科は後に脳死臨床の委員長を務めた「OO教授」が脳外科部長を務めていたのでした。

背が高く白髪で何時も沢山の医学生を従えての教授回診はまるで大名行列のようでした。有るとき主人の所に回診に来ておりますときにナースステーションのモニターが大きな音で鳴ったのでした。

今教授が回診してきた部屋からでした。教授でも人の死は分からないのです。歩数にして10歩くらいの距離ですから時間にしたら数分後にそのお部屋の方は旅だって行かれたのです。

それでも顔色一つ替えることなく次の部屋に回診に往かれたのですから、この位の落ち着きがないとやれないお仕事なのでしょう。

私が後に出会った先生でこう言う方はおりませんでしたが。

一晩術後の苦しみに耐えて、麻痺した顔で痛みを訴える顔は山門に建つ仁王様の形相でした。どんなにか今の自分の惨めな存在を情けないと思っていたことでしょう・・

胃漏」については又お話し致します・・つづく


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