啼かないで元気でいてね



日曜日に登校することは出征兵士の見送りか、「英霊」
の帰還を迎える為でした。

この日は農家で飼っている馬が戦地に応酬されて行く
のを見送る為でした。

農家では、田んぼの仕事や畑の仕事に馬か牛を必ず
飼っていましたから。

戦争が段々激しくなってきますと、人間だけでなく、多くの馬が戦地に軍馬として
出征していたのです。(この場合供出が正しいのでしょうか?)

馬は小さい私には、大きくて怖い存在でしたがあの優しい目は好きでした。

飼い主に手綱を取られて校庭には沢山の馬がいて叔父さん達は三々五々集まって
何やら話をしているように見えましたが、みんな何処か寂しそうでした。

中には、お父さんが居ないのでしょうか、叔母さんやお兄さんに連れられた馬も居ま
した。

どの馬も綺麗にブラシを掛けられて肌がつやつやとしてとても綺麗でした。

子供心にも口をきくことの出来ない馬が可哀想だと思いました。

式が始まりますと立派な口ひげを生やした偉そうな軍人さんが、朝礼台に登って何やら話し始めたのです。

この軍人さんはT市の聯隊から来た偉い軍人さんだと男のが教えてくれました。

男の子は軍人さんに夢中で胸に下がっている飾りが凄いのが気になるらしく大きくなったら、あんな格好をして馬に乗って見たいと言っていました。

馬は何かを感じたのか一匹が啼き始めると前足を揚げて立ち上がる馬もいて私は一番前に並んでいましたから。

いつ馬に蹴飛ばされるか、何時手綱が切れて暴れ出すか気もそぞろでした。

馬を引いている農家の人達は馬を宥めるのに、一生懸命でした。

式典が済んで馬は校庭に止めてあった軍隊の大きなトラックに載せられ始めました。

農家の人と馬の別れが馬のいなな啼きと重なって可哀想な感じがしました。

トラックが校庭から出て行くときは、叔父さん達は路に出て見送っていたのが寂しそう
で可哀想でした。

私の記憶の中では後にも先にも初めての経験でしたから・・

友達の家の馬も供出したそうです家に帰りながら泣いていました。

馬小屋が綺麗に掃除されていたのは、今でも忘れられません・・馬の毛が馬小屋の
入り口に半紙に巻かれて下げて有りました・・・



軍馬についてのサイトは此方・・

手厚く祀られております。軍馬・軍鳩の碑

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退院後の外来・・闘病記



退院するときに、最終検査をして一錠増えたお薬が
入院中は呑めたのに家に帰ってきて数日すると日
ごとに血圧の上昇が酷く朝から身体がだるくて
食事も砂を噛むような感じになってきましたので・
10日目に思い切って辞めてしまいました・・ので
今日の外来は気が重かったのです。

怒られたらどうしようと思うとトイレばかりが気になって・・先生は優しい面白い先生なのですが・患者さんを大切にして下さいますので此方が勝手なことを致しますと怒られます。

娘の勤めの関係もありますので、予約の時間より早く行って受付で事情を話して時間
も都合を付けて頂いておりましので・・

早く順番が来て欲しいのと・どう言い訳しようか頭の中は堂々巡りの侭で名前を呼ばれて中に入りますと「どう・調子は大丈夫そうですね」の一言に救われました。

薬が飲めなかったお話を致しますと「新しい薬ですから・・構いませんよ」と言われてホッと致しました。

と言うのも以前に頻繁に具合が悪くなって入院をして来た方が先生に怒られているのを見ておりましたので・・診察の結果は大丈夫でした。

無理をしないで身体と相談して生活して下さいねと言われ放免されたときは此で美味しいお昼が食べられると思ってしまいました。

口角炎が今朝から出来た事をお話して「ケナログ」を出して頂きました。

風邪を引いて「カラスのお灸」が出来たのは、初めてですのでそれだけ今度は身体が疲れていたのだろうと思います。

帰りに娘にお礼の気持ちを込めて少し贅沢なお昼を頂いて帰って参りました。

久し振りに親子水入らずの食事も良い物でした・・気分も軽くなっての帰りは降り始めて来た雨も気にならず家まで送って貰ってなんと有り難いことか・・

これで明日から又元気な私にもどれます・・感謝です・・

※「カラスのお灸」とは、子供の頃に唇の端が切れたりタダレたり致しますと「人の悪口」を、言うとカラスがお灸を据えに来ると良く言われたものです。初めて出来て懐かしく思い出しました・・
[ 更新日時:2005/07/13 07:09 ]
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