振り返れば2005 / 08 / 18 ( Thu )
子供は、環境と同化して行くことが大人より速く、忙し
ない時の流れの中で特別に不自然だとも想わないで 過ごしておりました。 世の中が落ち着くに従って自分も成長し色々なものに 対して感じやすい年頃になって、始めて父と母が生活 を共に出来ないところまで追いつめられていること を知りました。 私宛には手紙が来たり小包で本が定期便のように送られて来ておりましたから、 長い不在の父を特別不実の人とも想わずに過ごしておりました。 今の時代と違い幼い身では男女の機微など分かろうはずも有りませんから。 田舎の叔父に遊びに来るように言われて、始めて叔父の口から聞いたのが六年生の時でした。 淡々と話す叔父が巧者だったのか、私が愚かだったのかは分かりませんが、母の 再婚はあっと言う間に纏まり私は、母と共に新しい父に引き取られたのです。 非常に優しい人で私を養女として迎え入れてくれました。 彼方にも沢山のお子さんがいて、一人っ子から急に出来た沢山の姉弟には困り果て ました。 みんなそれぞれに優しい人で特に大きな姉さんたちは、下が男ばかりですから可愛 がってくれました。 大きな農家でそれは大変な事もありましたが、義理の中での生活としては、恵まれ ていたと想います。 今でも仲良くお付き合いはしておりますから、お互いに我慢比べの生活だったろう と思います。 子供心にも本当の喧嘩が出来ないことは心得ておりました。 一度で良いから、反抗して大きな喧嘩がしてみたいと今でも想っております。 それをしたらその時点で凡てがお終いになるのですが・・母を取られた哀しみと本当 の父が恋しい心をジット胸の奥にしまって成長したのでした。 結婚して、始めて母を許すことが出来ましたが、それまでは一時期母が嫌いでした。 義父は我が子と差別なく大人になるまで責任を持って育ててくれましたので、義父に 対しては感謝の気持ちで一杯です。 男親はおおらかで、継子虐めをしないからです。 あのころ流行りの少女小説は凡てが継子虐めの物語で自分の母がその継母で有る 事が嫌で堪りませんでした。 大人になった今日では、母があの様な道を辿らなければ生きて行けなかった時代 だっのかと想いますが。 私のような子供が沢山いたと想います。 義父も母も鬼籍に移り一つの時代が終わりました。 父は何時でも私を迎え入れられるように生涯を独身で過ごし、葬儀には主人と二人で往きました。 私名義に凡てが綺麗に整理されておりました。 一番悲しかったこと [ 更新日時:2005/08/18 12:42 ] |
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