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ひなたぼっこの縁側日記

日々のことをつれづれなるままに書いて行きたいと思います。
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思い出

昨日(18日)病院から電話があって「難病申請の書類が出来
上がっておりますから」との事で。

娘が車で一緒に行ってくれました。

昨日のブログを読んだらしく母の話が出て「明治生まれの人と
してはセンスが良かったね」と娘は感心していました。

私が気が付かないことを、孫の目は見ていたのです。

後年後妻に行った先の兄が倒れて孫の代になりますと血筋の関わりがない母は、
45年も寝食を共にした孫でも赤の他人でしかなかったのでした。

私の主人が亡く成った翌年に私に引き取って欲しいと言ってきました。

年の暮れに骨粗鬆症に寄る大腿部骨頭骨折で倒れたのが原因でした。

取る物も取りあえず息子がお嫁さんと迎えに行ってくれました。

幸いにも整形外科では有名な病院にお嫁さんが勤めておりましたので、急遽ベット
を開けて頂いて88才で手術を致しまして。

元気に歩いて我が家に帰り私との生活が出来て晩年は幸せだったろうと思います。

物事に拘らない人で、環境に順応性が在り私も助かりました。

呼び寄せ老人ですから何時可笑しくなっても致し方ないのですが。

手仕事が好きで私の友達とも仲良くなり何でも楽しそうにやっておりました。

この母がひ孫の三歳のお祝い着を縫ってくれたのは、80才を過ぎてからでしたから
これには驚きました。

娘が着た「錦紗」の着物を洗い張りして三ッ身の着物と可愛いお被布を作ってくれ
ました。

此を作るのにデパートに連れて行って欲しいとのことで。

娘がデパートの呉服売り場に連れて行きますと、被布の衿がどうしたら可愛くできるか、飽きる事無く見ていたそうです。

胸に付けえる房を探して満足して帰ってきて、出来上がったときは、これで何時死ん
でも良いと言ってみんなを笑わせておりましたが。

その根性たるや凄いと思ったと娘がしみじみと話しておりました。

残った布で可愛い巾着まで作ってくれてと。

私が当に忘れておりましたことを思い出したそうです。

93才で明治・大正・昭和・平成と激動の時代を過ごして現役で旅立って逝きました。
[ 更新日時:2005/08/20 09:19 ]
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