身繕いの知恵を学んだ日々2006 / 02 / 10 ( Fri )
![]() 今年の大河ドラマ「巧妙が辻」を見ていて何時の世も 女は知恵を働かせて生きなければと・思った。 千代が肩剥ぎの着物を着ているのを見て、ねねを始め 近所の女房衆が珍しい着物だと驚くシーンが有ったの だが。 このシーンは戦で家を焼かれて焼け残った衣類の中か ら使える物を見つけ出して一枚の着物に仕立てた物でパチーワークが盛んな 今の時代には、珍しくはないと思ったのだが。 昔も戦の後は同じなのだと。 何もないところからどうにか工面して身繕いをしなければ成らなかった戦後の 衣類事情は、かなり厳しかった。 竹の子生活で衣類は殆どが食料に変わってお腹の中に入ってしまっていたの だから。 今のようにハッションだの流行だのを追いかけている時代が来ることを誰が想像し ていただろうか。 下履きから、靴下・手袋に至るまで凡て手作りで、上に着る物は余程の人でない 限り着たきり雀だったと思う。 母が良くほどき物をしては、私の着る物を手まめに作ってくれていたので、裸で 過ごす事もなく済んでいたのは手先の器用な親を持った有り難さだった。 学校では、何時お風呂に這入ったのか、いつ着替えをしたのか解らない子が 沢山いて、ノミやシラミが這い出してきている子も見た。 学校の備品も不揃いで長い椅子に座っていると虱が這ってくることが有り授業 中に気が散って良く怒られたものだ。 衛生状態が悪く、頭からDDTを捲かれて真っ白い頭で家に帰ってもお風呂にも 這入れない生活を今の子供達は、我慢が出来るだろうか。 こんな生活でも子供達は空襲の恐怖から解放されて余り仲間はずれや虐めは 無くみんな一緒に仲良く遊んでいた。 特別お洒落をして来ている子の方が浮いて見えていたようだ。 寒さに勝てず手袋を編んで明日は学校にはめていこうと頑張ったのだが停電が 多くて出来上がらないまま寝てしまった翌朝枕元に大小不揃いの手袋が置いて ありました。 母が成れた手で編んだ手袋は同じ目数でも手慣れていて暖かく手に馴染んで 嬉しくてこの不揃いの手袋は大切にしていました。 私の手を暖かく守ってくれた想い出の品は娘が生まれた時にほどいてミントに 編み直して遣ったのです。 物がない時代は、解き物の糸も抜き糸として、大切に使いました。 毛糸は解いて編み直して着る事が出来る素晴らしい繊維で有ることを学び編み 物を真剣に覚えたのはこの頃からです。 物が粗末に出来ない私です。 「いまの世も 物捨てがたく りほーむし 何が出来るか 時を忘れて」 |
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