2006-08-07(Mon)
南瓜はいらない

結婚して初めての夏・夕食に南瓜の煮付けを作って出すと
日頃食べることには温和しい人が珍しく箸を付けないので
「嫌いなの」と聞いてみると。
「うん・もう一生食べるだけ食べたから」南瓜はいらないと
のこと。
戦後の食糧難の時代明けても暮れても「南瓜」「薩摩芋」「馬鈴薯」
が主食変わりで食べられるだけ幸せで食べられない人も居たのだから。
「ふすま」「玉蜀黍の粉」これで何時もお腹を壊して下痢が止まら
ない状態で最後には栄養失調で亡くなる人もいた時代だった。
「ふすま」「玉蜀黍の粉」は今では家畜の餌だからです。
うどんが食べたいと言う私に母が作ってくれた「馬鈴薯のうどん」は
後々語りぐさになった。
馬鈴薯を千切りにして少しの小麦粉をまぶし煮込みうどんにして
くれた・・・それ以来二度と食べ物で困らせることは言わない子と
なった。
大豆が入ったご飯は冷めると硬くてぼろぼろでお箸から溢れて学校で
は困ったが・学校に行ける日は嬉しかった。
お教室が無くて校庭での青空教室だった。
それでも友達に会えることは嬉しくてその日が待ちどうしかった。
時間が経つに連れて友達が日毎に減っていった。
東京に帰る人が居ると無性に東京に帰りたくなった物だ。
中にはお父さんが遺骨で帰ってくる人も居た。
終戦後の遺骨の帰還は寂しいものだった・・・何故なら英霊では
無いから・・・これが戦争なのです。


