ひなたぼっこの縁側日記

日々のことをつれづれなるままに書いて行きたいと思います。
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猪の鼻トンネル襲撃

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あの忌まわしい戦争から63年が過ぎた今新しい
事実を見つけて語り継ぐ責任を感じ記事をUP致
します。(昭和20年8月5日南多摩郡 浅川で
その悲劇が起きたのです)

平和な時代長閑な田園風景の中をJR中央線は
甲府に向けて「猪の鼻トンネル」を抜けると左手
に「圏央道の高速道路」を見ることが出来ます。

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真夏の太陽が照りつける午後12時20分頃
満員列車の新宿発長野行き419号列車が
猪の鼻トンネルに差し掛かった時。

米軍戦闘機P51機、2・3機の銃撃を受けて
50数名以上の方々が犠牲となり、133名
の方々が重軽傷を負う爆撃を受けたのです。

日本最大の列車襲撃事件だったそうです。

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煉瓦のトンネルは63年が過ぎた今も当時のままの姿で現在も
何事も無かったように列車は通過しております。
列車の爆撃による負傷者は近くの集会所に
収容され村人の手に寄って手当を受けたそう
です。
傷の手当てに使われた集会所と井戸は今も
現役で先日見て参りました。

命を落とされた方達は「裏高尾(現在の日影沢周辺)」で荼毘に伏されたそうです

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南多摩郡 浅川村の青年団に寄って「猪の鼻
会」が作られこの悲劇を忘れることなく後世に
伝えるためにこの様な看板を立てております。

平和な現在では足を止める人も少なく戦後を
語り継ぐ人の高齢化が進み風化して行くことが
危惧されております。

日本が戦いに敗れたこの月を忘れることなく多くの犠牲と成って
命を落とした人々の御霊に礼を捧げたいと思います。
この碑を見つけた時に8月5日の記述に
フト吾に帰りました。

「私の戦争体験記」を検索してみましたら
私が2006年の夏に書きました「前橋空襲」
と同じ日でした。

あの日朝から異常な雰囲気で有ったことが思い出され
事件を知った日でた。

二度と再びこの様な忌まわしい事が起こりませんように
祈るのみです。
[ 更新日時:2008/08/06 06:34 ]
この記事のURL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/29825/2624374#2624374
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