ひなたぼっこの縁側日記

日々のことをつれづれなるままに書いて行きたいと思います。
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走る

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朝早く娘からの電話に出ると切れてしまい嫌な予感がして
朝食の箸を投げ出すと家の鍵を持って走り出していた。

走りながら携帯を掛けると娘が出たので胸の鼓動が幾らか収まる。
この所疲れているようだったのでてっきり娘が倒れて電話をしてきたのかと
思ったのだ。
携帯が切れるときに子供の悲鳴が聞こえたので。

ディーサービスのーマイクロバスが門から離れるところで軽く会釈をし玄関に
飛び込むと、外出姿の義母さんを大きい孫が抱えるようにして背中をさすって
いる。

義母さんは、顔面蒼白で唇にはチアノーゼが出ており呼吸が苦しいのか
額にはうっすらと汗が滲んでいる。

足の指を見ると血の気が無く一刻を争う状態だった。
娘は、手早く医療機関が必要とする物を纏め救急車の来るのを待つだけだった。
こんな事が手際良くできる私たち親子には悲しい過去の出来事あるからで身につきすぎて
いて悲しい。

気が付けば可成りの雨が降っていて冷たい日だったが、傘をさしていなかった。

先発隊の救命士さんが飛び込んで来たので急いで家に帰り自分の薬を
飲み、最低限度の身支度をして再び家を飛び出していた。

連絡が付かないパパに携帯を入れて置いたので連絡が取れてホットする。
掛けた事がない人の電話は異常実態を感じ取らせたようだ。

小走りに走りながら出来ることはやれた。後は運を天に任せて落ち着くしかない。

救急車が来て義母さんと大きな孫を乗せて娘は車で医療センターに向かった。
家から近いから車が有った方が動きやすいと思って気配りをして娘に怒られたけれど
結果としては、私の勝ちだった。

CCUで救命処置を施されて面会が許されたのが夕方の5時半だった。

パパには小さい孫が心配掛けまいと可愛らしい声で状況を順次報告している。
広島で会議用の書類を渡してとんぼ返りで戻るとしても夕方7時半近くになるらしい。
どうか、それまで頑張ってと祈らずにはいられなかった。

一端小康状態になり、パパの顔を見て頷き急変したら連絡をしてくれると云われて
病院を後にしたのは10時半近くで大急ぎで夕食を済ませて家に帰り夜半に電話が
無い事を祈って床につくより早く携帯が鳴り急変して病院に行くと連絡が在り、眠る
事も出来ずにいると、12日と日付が変わり1時少し過ぎに娘が携帯で義母さんが
逝かれたと知らせてきた。

義母さんらしい最後だったと思うのと昨日まで元気に食事を共にしていた人が意図も
簡単に逝って仕舞うとは。

倒れて24時間は、頑張って生きていないと看護をして呉れた人に迷惑を掛ける事に
なるから、頑張って24時間は生きていようと思った。

病院でも原因が判らず、検察医が書いた死亡診断書は「脳内出血」だった。

Comment

お陰様で
編集
Hulaさん
お陰様で無事に見送ることが出来ました。
ただ感謝するのみです。
2009年11月21日(Sat) 11:59
簡単すぎて
編集
Jack さま
やっと疲れも取れて落ち着いてきました。

風邪に気を付けて49日を待ちます。
ありがとうございました。
2009年11月21日(Sat) 11:57
お気をつけて
編集
大変なことになりましたね。
でも大した事が無ければいいのですが。
2009年11月17日(Tue) 14:45
編集
こんばんわ
ひさしぶりにお邪魔させていただきましたら
まあ、大変な事に
義母様は如何でいらっしゃいますか
2009年11月15日(Sun) 22:35












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