FC2ブログ

ひなたぼっこの縁側日記

日々のことをつれづれなるままに書いて行きたいと思います。
2019年10月 ≪  123456789101112131415161718192021222324252627282930 ≫ 2019年12月
TOP全てを表示 ≫ 啼かないで元気でいてね

啼かないで元気でいてね



日曜日に登校することは出征兵士の見送りか、「英霊」
の帰還を迎える為でした。

この日は農家で飼っている馬が戦地に応酬されて行く
のを見送る為でした。

農家では、田んぼの仕事や畑の仕事に馬か牛を必ず
飼っていましたから。

戦争が段々激しくなってきますと、人間だけでなく、多くの馬が戦地に軍馬として
出征していたのです。(この場合供出が正しいのでしょうか?)

馬は小さい私には、大きくて怖い存在でしたがあの優しい目は好きでした。

飼い主に手綱を取られて校庭には沢山の馬がいて叔父さん達は三々五々集まって
何やら話をしているように見えましたが、みんな何処か寂しそうでした。

中には、お父さんが居ないのでしょうか、叔母さんやお兄さんに連れられた馬も居ま
した。

どの馬も綺麗にブラシを掛けられて肌がつやつやとしてとても綺麗でした。

子供心にも口をきくことの出来ない馬が可哀想だと思いました。

式が始まりますと立派な口ひげを生やした偉そうな軍人さんが、朝礼台に登って何やら話し始めたのです。

この軍人さんはT市の聯隊から来た偉い軍人さんだと男のが教えてくれました。

男の子は軍人さんに夢中で胸に下がっている飾りが凄いのが気になるらしく大きくなったら、あんな格好をして馬に乗って見たいと言っていました。

馬は何かを感じたのか一匹が啼き始めると前足を揚げて立ち上がる馬もいて私は一番前に並んでいましたから。

いつ馬に蹴飛ばされるか、何時手綱が切れて暴れ出すか気もそぞろでした。

馬を引いている農家の人達は馬を宥めるのに、一生懸命でした。

式典が済んで馬は校庭に止めてあった軍隊の大きなトラックに載せられ始めました。

農家の人と馬の別れが馬のいなな啼きと重なって可哀想な感じがしました。

トラックが校庭から出て行くときは、叔父さん達は路に出て見送っていたのが寂しそう
で可哀想でした。

私の記憶の中では後にも先にも初めての経験でしたから・・

友達の家の馬も供出したそうです家に帰りながら泣いていました。

馬小屋が綺麗に掃除されていたのは、今でも忘れられません・・馬の毛が馬小屋の
入り口に半紙に巻かれて下げて有りました・・・



軍馬についてのサイトは此方・・

手厚く祀られております。軍馬・軍鳩の碑



「頂いたコメント」

[ ひなたぼっこ ] [2005/08/01 12:33] [ Myblog ]
[natsuko-zaru]さま
読んで下さって有難う御座います。
出来るだけ自分の記憶に忠実に書き記したいと思っておりますが、何分にも幼い日の想い出ですので、書くことを辞めようと思ったりするときもあります。

頑張って書いて行きますので、お暇なときに覗いて下さいませ。
何時も、励まして下さって有難う御座います。

--------------------------------------------

[ ひなたぼっこ ] [2005/08/01 12:27] [ Myblog ]
[ノアノア] さま
何時もコメントを有難う御座います。
あの日の光景を思い出すと涙が出てきます。
私の思い違いかと、検索致しましたらサイトが有りまして・・

昨日はPCを開くきがしませんでした。
お馬さんが忘れられていることは、悲しいです・・可哀想です。
あの優しい目が泪で濡れていたのは昨日のことのような気がします・・

---------------------------------------------

[ natsuko-zaru ] [2005/08/01 12:09] [ Myblog ]
読んでいて、なんだか
馬の目や嘶きが聞こえるようで、
胸が痛くなりました。
犠牲になるのは、人だけじゃなかったんだ。
ほんと、戦争は絶対、いけませんね。
こういう話って、やっぱり
なかなか聞く機会がないので、
もっと教えてほしいです。
私たちに伝えてほしいです。


----------------------------------------------

[ ノアノア ] [2005/08/01 12:07] [ Myblog ]
一般のお馬さんも戦争に借り出されていたのですか。
それは聞いた事がありませんでした。
馬は頭のいい動物だから、自分の身に何が起こっているのか瞬時にわかったのでしょうね。
口が利けない分、かわいそうですよね(涙)

---------------------------------------------

[ ひなたぼっこ ] [2005/08/01 10:10] [ Myblog ]
[なべちゃん] さま
書いていて辛くて疲れます。
桑の皮剥きもドングリ拾いもまっぼっくりも、松ヤニ取りも、「ララ物資」に助けられたのも・「ひまさん」を飼わされたのも、お米を
一升瓶で付いて玄米にしたのも、配給の粉たばこを、英語の辞書で巻いて上げたのも・・数え上げたら8月15日では、書き切れませんね・・頑張ってみます。

今月も宜しくお願い致します。

---------------------------------------------

[ なべちゃん ] [2005/08/01 09:45] [URL] [ Myblog ]
馬さんも出征していたのですね。私も小3なので同年ですね。先生に引率されて「郡
是」本社、由良川河畔の桑畑に行き、桑の木の皮むきをしたり、山で松ぼっくり、ドング
リを集めたりもありました。
校庭では上級生が竹槍で藁人形を突くのを見ました。体が弱くて整列させられても起
立できず、顎を引いてと言うことが、何のことか分からず怖い一方でした。
成長して体協の役員(テニス)となり、その恩師は陸上の役員をされていましたが、私
より小柄で優しい人でした(現在故人)。人を怖くさせる戦争って何だったのでしょうか。
前に書かれていましたが、私も近くのキリスト教会の石段に集められて、粉ミルク、ト
マトジュースをいただいたり、頭からDDTをかけられるなど、戦後の栄養と健康状態についての記憶があります。

--------------------------------------------

[ ひなたぼっこ ] [2005/08/01 07:29] [ Myblog ]
[梢華] さま
あの光景は目に焼き付いて離れませんので・・書きながら涙が止まりませんでした。
あの日の馬もみんな同じように中々動きませんでした・・
もの言えぬ犠牲者に心から「ごめんね」と言いたい気持ちです。

此の平和が長く続きますように・・祈らずにはいられません・・
戦地に送られた馬は一頭も帰還していないそうです・・
馬は何処で放しても必ず家に帰る賢い動物ですのに(涙)

-------------------------------------------------

[ 梢華 ] [2005/07/31 23:23] [ Myblog ]
こんばんは。
記事を拝見していて、祖母が話してくれたお話を思い出しました。
昔我が家では馬を飼っていたのですが、戦火の中とうとう軍馬として供出されることになったそうなんです。
でも、当日トラックが来て、馬を引いてきても、中々トラックに乗らないんだそうです。
自分がどこにいくのか、まるで解っていたかのように、足を踏ん張って後ろづさりをしていたとか。
何人もの大人から手綱をひっばられ、尻を押され、鞭を打たれて、無理無理乗せられた馬が、顔を精一杯伸ばして嘶くんだそうです。
目にいっぱいの涙を溜めて。
その時の声が忘れられないと祖母は言ってました。

その話に、人間だけが戦争の犠牲になっているわけじゃないのだと、子供心に思いました。
戦争は知りませんが、悲しい思い出です・・・。


Comment













非公開コメントにする

Trackback

Trackback URL