大寒や過ぎし昔を偲ぶお茶

暮れの30日に間違って配達された郵便物をポストに
入れに行くときに蹴躓いて手首を骨折する。

病院は既に休診の所が多く救急病院を探して夫に
連れてて貰う羽目になった。

躓いた瞬間に全身を走り抜けた電気の走るような
痛さの中で悲鳴を上げても誰も出て来て呉れない
冷たさに身震いがした。

仕方なく起きあがり痛む手首を抱えて家にはいる時には手首は腫れ上がり
紫色に変色し立って居るのがヤッとだった。

舅はどうかしたかで嫁に対しては冷たかった。
ひとまず氷で冷やし救急当番院を探し手当をして帰る
と姑はお正月の仕度はどうするのとその事の方が
嫁の怪我より気が揉めるらしい。

痛み止めを飲んでひとまず落ちつて居る物の右手では
何もすることは出来ない。

病院の帰りに買ってきたお弁当でお昼は済ませること
が出来たが。

嫁いで来て15年風邪らしい風邪も引かずお産以外は床に付いたことが
無い我が身が恨めしかった。

家族中が嫁は元気で働いて当たり前と思っている。
連れ合いまでもが左利きだったら良かったのにと平然と言うのには腹がたった。 電話のベルで母なら有り難いなぁ〜と思いながら
出てみると母からだった。

「地獄で仏」とはまさにこの事だ。

両親と同居だと親元への電話は中々掛けることが
出来ないから。

子供が居なければ何とか済ませられる年の瀬だが母は虫の知らせかしらと
言って取る物も取りあえずに飛んできてくれた。

話しに寄れば鴨居に掛けて有る父の額が夜中に突然凄い勢いで落ちてきたそうだ。

驚いて拾い上げて見るとガラスも割れずに無傷でホットしたと言う。

弟がしっかりと落ちないように紐が二重に成って飾って或る物が落ちるなんて
朝から落ち着かずに居たそうだ。

何時も電話を掛けるとお関所が有って一応の説明をしないと舅が電話を替わらないから母は余程のことが無い限り電話はしてこない。

幸いに非常に好奇心旺盛で携帯電話を使いこなせるので毎朝元気で居ることは
お互いに連絡が出来て居るのだったが今日は未だだった。 母が来てくれた事によって舅達が豆まめしく動き出した。

昨日までは二人して炬燵に当たり時間を持てあまして
居た人達だが寒い時期だけに風邪でも引かれたら困る
から此方も何も頼めないで居たのだが。

ストーブの灯油が切れて入れてくれるように頼んでも
「左手が有るだろう」と言った相手に母が切れてしまた。

手が治るまで家で預かりましょうかと・・・
流石に驚いた様子で手伝うように成ってくれたが怒らない人が怒ると怖いものが
ある。

今年で結婚をして20年が経つ両親も年老いて今は病む身で。
年と共に丸くなった連れ相いも日毎に変化が見えて来てどうやら私の時代が
来たようだ。

大寒の寒い朝予報が外れて雪が無くて良かった。
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